目が三角になった日

先日すごく悲しいことがあって、
客観性を欠いたら心が振り切れそうになり、強制的に第三者性を発生させる行動として
何人かの人に、そのときの姿をそのままPokeで送りつけてしまいました。
強制的にコンテンツ化して、自分の内部だけでの状態を避けざるをえなかったというか。
内容としては、駅のホームにいる私が映っているだけのなんてことない数秒の動画です。

第三者性と言っても
電話やメールなど他の連絡手段だと、実際起こったことや自分の感情を言語で意味化?せざるを得なくなり、
それにはとても耐えれなかったので、消えてしまうことも含め、Pokeさまさまです。
(はた迷惑な行為ですが、受け流してくれそうな人を選んで送ったつもり。)

とは言っても、それで悲しみが解消されるわけもなく、泣きに泣き、
次の日は
目が腫れすぎで三角形になりました。

人間の目、というか私の目は、腫れすぎるとこうも三角形になるのかと
初めて知ったし、無様で滑稽でした。(今はもう三角じゃないです)

翌日は、悲しすぎの興奮状態から抜け、意気消沈の悲しみになり
感覚が過敏になったおかげで、日常のすべてがいつもと違う感触なので、
悲しいけどたのしいという貴重な日になりました。

その出来事を考えているときは、
周囲で起こっていることがとても遠くに感じられ、自分の中に全然入ってこないのですが、
考えるのをやめると、
力なく一切のフィルターがずり落ちてしまったように、じんじん何もかもが自分の中に入ってくる感じでした。
何でもないこと何もかもに揺さぶられる感じです。
お店でかかっている音楽、隣の知らない人がめくる新聞の音、その場に自分が存在している体感などなど
主に聴覚とその場の雰囲気を感受する感覚に於いてです。

事後の今となって思うとなかなか興味深い体験だったなと思うので、ここに記録しておきます。