言語は、曖昧YEAH

先日、テバタイプという作品を体験し、しっくり来た体験だったので、その話をちょっと。

どんな作品かというと、各々が任意の言葉を設定して、手旗でその言葉のポーズを作り、
その姿が文字ごとに撮られていて、Gifアニメになるという作品です。

 

例えば、私はYEAHって言葉をタイプしました↓
テバタイプ

 

作った今野さんにしてみれば、私の氣に入っているポイントは意図的ではないかもですが、
自分たちの体を通して、しかも客観的なアーカイブとしても同時に残して、
曖昧な記号(ポーズ)としてだけ各々の言葉を存在させることを、すごく氣に入りました。
さらにループGifアニメであることで、どこがはじめの文字かさえわからないっていうのも。

そして、その体験をいたく氣にいった感じを、もう少し掘り下げるなら、
私は、言語は通じるためにあるものだという前提を確信している人や状況に反感を持ちやすいし、不安を感じやすいっていうのがあって、
そういう部分を突いてくれる、言語ははっきりしているようで記号でしかないという側面を気持ちよく体現できる作品だったからかもしれないです。

意味が伝わらないというか、
そもそも設定が伝えるためですらない、ジタバタしているだけのポーズとしての言葉、いい。

 

テバタイプ>>>